2021/01/01 17:55

あけましておめでとうございます。
いつも応援いただき、本当にありがとうございます。
素敵なあなたからの愛は、SNSでつけてくださるハートに集約されていると感じています。
たくさんのハートを贈ってくださり心から感謝申し上げます。
2021年も素敵なあなたからの愛を作品に昇華して、あなたを笑顔にできるように精進して参ります。



さて、今日は、新年第一回目の更新です。

今年は思うがままに、何かお伝えしたいことが心から湧き上がった時に、こうして綴らせて頂きますね。

2021年は<Spiritualeason=霊性と理性の融合する世界観>の元、お越しいただいた大切なあなたへ、ささやかでも感性を刺激する内容をお届けしたいと思っております。

どうか最後までお目通り叶えば幸いです。
そして、素敵なあなたにとって新しい未来を作る気づきに繋がることを願ってやみません。

というわけで、本日は『シンクロニシティ(意味のある偶然)』という考え方についてお話しします。
さらに、シンクロニシティを信じ込み過ぎてしまったがゆえに起こった、スピリズの恥ずかしい二十歳の『大失恋のエッセイ』でもあります。

ところで、「シンクロニシティ」を初めて聞く単語だ、という方は、このあとに続く文章よりも、是非他のサイトで「シンクロニシティ」とはどういうものかを調べてから読み進めることをお勧めします。

「シンクロニシティ」と聞いて、もう既に「知ってる!」という方は、きっと日常の細部に気を配り、自分と向き合い、今を生きることが出来ている心が豊かな方だと思います。そして、心理学にも造詣が深いことでしょう。とても素敵なことです。

ざっくりですが、「シンクロニシティ」は、心理学者ユングが提唱した概念のことで、
日本でいうところの「虫の知らせ」、または「第六感」という、かなりスピリチュアル寄りな考え方になります。

例えば「あの人、今頃どうしてるかな?」と思い出した途端に連絡が来るとかです。
そんな小さな偶然に、なぜ起こったのか意味を重ねること。
目の前で起こっている偶然には必ず意味がある。という考え方でもあります。

心が求めているものが現実になる。とか、
引き寄せの法則、のような考え方がそれです。かなりざっくり言ってます。ごめんなさい。

(気になる方は是非ご自身で情報を掴みに行ってください。
(スピリズ、毎度のことながら専門的なことは割愛します。


今日は、シンクロニシティという概念を信じ込みすぎると、とても危険なことが起きるかもしれないという私の大失恋の実体験も踏まえて、さらに「霊性」と「理性」のバランスを保って「シンクロニシティ」についてお話しさせて下さい。


そもそもスピリズが『シンクロニシティ』という概念を知ったのは2002年17歳の時でした。
読書好きな叔母からジュリア・キャメロンの著書を教えてもらい、その中でシンクロニシティの現象を教わりました。
今でもその衝撃は大きかったことを思い出します。

高校時代はシンクロニシティを知ったおかげで、お得な体験もたくさんしました。
今思うと、SNSやスマホの無い時代に、自分に必要な情報を得るにはシンクロニシティを起こすことが必要でした。
そのおかげで、私は必要な時に必要な情報が必ず手に入ったし、その時に知った公募展などにもチャレンジして入選して経歴の一つにする、のようなチャレンジをさせてもらうことが出来ました。

シンクロニシティを信じると、人生が開かれていく。
そういうある意味シンクロニシティ信仰を始めてしまった私の、シンクロニシティによってもたらされた大失恋エッセイを今日は綴ります。

お相手は私が秋田の美術学生だった頃、教授の補佐をしていた先輩です。卒業して、教授の補佐役として大学にそのまま就職した先輩でした。

その先輩は「秋田美人の男性版」といった容貌で見目麗しく、細身の長身で、本当に容姿端麗な人でした。
「俳優さんみたい」と外部の人に言わしめるくらいの存在感を放つ人でした。彼を仮にOさんとします。

今日の話は全て実話なので、いや、本当に恥ずかしいな。

実際、Oさんを知っている美大の教授がまだFacebookでもインスタグラムでも私と繋がっているし、
先生たちにこの文章を読まれたら、と思うと、顔から火が出そうなくらい恥ずかしい恋の話になってしまいますが、大事な話なのでお伝えしましょう。

でも、Oさんと出会ったおかげで、私はシンクロニシティ信仰者を脱出することが出来たし、スピリチュアルにのめり込みすぎないことを基準に、現実ともバランスをとる『Spiritualeason』の基礎の概念を形作った出会いでもあります。

その恋で学んだことを数々の作品に昇華して、たくさんの成長を遂げられたと自負できる恩人の話(勝手に恩人に仕立て上げた)でもあるので、
2021年の私自身の最初の手放しの意味でも、ここに記させて下さい。

だってOさんとの失恋から学んだことは、美術大学で学長賞まで受賞しちゃう修了制作作品のテーマにもなったし、


彼をモデルにして書いた小説を角川に応募したら、ちゃんと一次選考まで通って、ホームページに作品タイトルとペンネームが掲載されているくらいなのですから。


((余談ですが、スピリズが片思いの恋の炎を燃やした時に生み出される作品はかなりパワーがあるようです。
( •̄ .̱ •̄ )


ところで、Oさんのことは、入学と同時にそういう目立つ先輩がいるというのは知っていましたが、
どこか学生とは距離を置いているような雰囲気で
「きっと話しにくいに決まってる」と決めつけていました。
あと、スピリズ、単純に綺麗な人が苦手という原因もあります。
華やかなその人には興味も沸かず過ごしていた、卒業制作シーズンに入ったある日のことでした。

たまたま、彼が補佐する授業が終わって、教授に制作方法の相談をすると、「Oくんに聞いたらいいよ」と言われ、私は研究棟にOさんを訪ねることになったのです。

研究棟の屋外、唯一の喫煙コーナーで、一服しているOさんを見かけ、
「Oさん、アクリル板の表面をツルツルにできるヤスリ置いてないですか?」と聞くと、
タバコの煙を消しながら、屈託の無い笑顔で、
「え〜? 今は無いな〜」と答えてくれたのでした。
これが初めての会話です。

と、私は今、2004年の12月、秋田での思い出の引き出しをフルスロットルで全開にしました。
忘れられないあの日の思い出。BGMは2004年12月発売のドリカムのベスト「DIAMOND15」。

Oさんは意外にもフランクに質問に答えてくれたのを覚えています。
私の持っている印象とはだいぶ違いました。

しかも、
「鉛筆画見たよ。すごいと思った」と、
4歳も年上の男性が、まるで少年のようなまんまるの目をして私の作品を褒め出したのです。

当時、教授に頼まれて描いた建築物の鉛筆画を学祭で披露したところ、かなりの評判を呼んだので、私と全く接点がなかったOさんも一目置いてくださっていたのでしょう。
(作品はこちらで見れます▶︎ https://ikuenpitsu.exblog.jp/21306790/

そこから何分間か、他愛も無い会話をしたのを覚えています。
自分が勝手に作り上げた印象とは異なり、なおかつ私の存在を知っていてくれたのは素直に嬉しかったです。
興味の無かった人が、私を知ってくれていたことが、なんだかくすぐったい気持ちになったのを思い出します。

その日を境に、私に変化がありました。
私は何かに取り憑かれたかのように、感覚が研ぎ澄まされていったのでした。

卒業制作という極限に追い込まれた状況と、連日の寝不足。
感情の起伏が激しい当時の繊細な性格も相まって、霊的なことに目覚めてしまった時期でもありました。
ちょっと何を言っているのかわからないかもしれませんが、そう表現するしかない現象が起こり始めたのです。

とくにそれはOさん関連の方面に感覚が開かれたのでした。

例えば、廊下の曲がり角、「あの向こうからOさんが来る」と思うと本当に現れて、お互いびっくりして挨拶をするような現象が本当に度々重なりました。

夢でOさんと作業をする夢を見た翌日には、夢のまんま、全く同じシチュエーションで現実が再現されたりしました。

その他にも、私にしか感じられない現象が度々起こりました。
たぶん当時は幽霊の類も見てしまうようになっていたと思います。ポルターガイストみたいな現象もたくさん起こりました。
現実なのか、夢の中なのか、曖昧な世界を生きていた時期でもありました。

そんな極限状態が続くある日の授業終わりにのOさんに「最近よく会いますね」と伝えると、
「偶然でしょ? あるいは必然」という言葉が返ってきました。

そんな風に思ってくれていたのだと思うと嬉しくなってしまいました。

そして、それをきっかけに、だいぶ会話をする仲になった時、私とOさんの共通点が見つかりました。

それは、
私とOさんは祖父を亡くしていたこと。
そして亡くなった二人の祖父は国鉄の職員をしていたこと。
さらに、祖父からの形見が、私とOさんの二人とも「時計」だったこと、でした。

どうでしょうか。運命的に感じませんか?
これらの共通点は全て「事実」です。

ここまで聞いたら、きっと二人の祖父が私たちを導いてくれたのだと思いたくなりませんか?

ましてや、極限状態で、幽霊も見てしまうようになってしまった脳のバグを補正することはできず、そのまま一直線に進むしかなかったのです。

私の周りで起きている霊的な現象は、全部亡くなった祖父たちが「この人だよ〜」と教えてくれているのだと解釈も容易にできる事実でした。
だから私は「きっとOさんの特別な人なんだ」と信じきってしまったのです。
今思うと、私はOさん自身よりも、この偶然があった事実に恋をしていたのかもしれません。だって重なった偶然がすご過ぎでしょう。


でも、残念なことに、その事実がわかったすぐ、あっという間に私の恋心は砕け散ります。
Oさんには当時彼女がいて、私は「他の学生と同じ」としか思えないと言われ、世界が一変してしまうほどの大失恋と、信じていたことを失う壮絶な喪失感に、あっという間に襲われました。
私にとって「神様がいなくなった日」だったかもしれません。

当時の乙女思考の私は、落ち込みに落ち込みました。
あの衝撃からよく死なずに今こうして文章を書いてるな、と思うほどの落ち込みようでした。

私はOさんにとって特別な存在だったはずなのに、そんな現実は受け入れられない、と。
失恋した2005年の1月から2016年の小説の執筆まで昇華できなかった思いなので、相当だったと思います。

自分の信じていたことが覆された事実は、心を取り乱すのに十分でした。
私をずっと導いてくれたはずのシンクロニシティなのに。「すべての偶然には意味がある」という信念があるのに。
当時の流行りの曲に平原綾香の「ジュピター」がありましたが、
テレビから繰り返し流れてくる「意味の無いことなど起こりはしない」というフレーズに頭を悩ませた苦い思い出もあります。
世界がことごとく崩れ去り、私自身は何を信じて良いのかわからなくなった時期でした。

そして、シンクロニシティへの憎悪が始まりました。

でも、泣きながらかぶった布団の中である一つの答えにたどり着きます。
「私が見ている世界と、他者が見ている世界は違う」ということ。

今となっては当たり前なのですが、そんなことも見えなくなるほどシンクロニシティにのめり込んでいたのです。

そして、私が見ていた幽霊は、誰かと共有できない時点で現実には存在しない、という結論にも至りました。

でも、一人で見たとしても、はっきりと写真などに残すことができれば、それは事実になるという形而上学という概念も知りました。
二人以上で確認ができる現象が「事実」になるのです。

亡くなった祖父たちがどちらも国鉄の職員で、二人とも形見に時計をもらっていた「事実」は、
私にとっては「運命のひと」でしたが、
彼にとっては「取るに足らないどうでもいいこと」でしかなかったのです。

その後の人生では、作品を生み出すためには大いに意味があったと思います。
でも、恋愛においては、意味のある偶然は、両者の主観に委ねられているという事実が見えたのでした。

というか、
彼女がいるくせに、「偶然でしょ?あるいは必然」なんてコトバ使うなッちゅうのッ!と、大人になったスピリズは思うのでした。( •̄ .̱ •̄ )



ところで、シンクロニシティに憎悪を感じたスピリズでしたが、
シンクロニシティと適切な距離感と、冷静な判断力があれば、今でも人生には必要な現象だと思い直すに至っています。
そして個人的にシンクロニシティを起こす方法もあります。

シンクロニシティを起こすには、自分の求めているものを明確化し、それを一旦手放します。忘れてしまうくらい。
そして、日常の細部に注意するようになるとその現象が現れます。
キーパーソンとなる人物に出会うこともあるでしょう。

例えば、これからの方向性どうしようかな、と思って手放す。
すると気になって買った本に、、、ではなくて、「偶然に書店員さんが挟んでくれた栞」の方にその答えが書いてあったりします。


画像はスピリズが最近起こしたシンクロニシティ。
自分の方向性が見えて動き出そうとした時の不安を解消する答え書いてありました。
もちろん、これは写真に収めたところで私の主観で完結しているものなので
「これがシンクロニシティ」と言われてポカンとされるのも当然です。

どのような形で必要なものが手に入るかどうかはその人次第。でも必ず本人がわかるように起こります。
自分では思いもよらない形で届くので、神様の贈り物とか、見えざる手が働いたとか、そのような表現にどうしてもなってしまう現象です。
また、「これはシンクロニシティだ!」と感じたことを、日記帳にまとめておくと、さらに自分に必要な「意味のある偶然」が起こるようになります。

って、ごめんなさい。すごく超能力者みたいになってしまいましたが、シンクロニシティを経験された方、自分の起こし方とは違う、というのはご容赦ください。
先述の通りシンクロニシティはとてつもなく主観による現象だと思うので、スピリズのシンクロニシティはこのような形になります。

でもスピリズ、もう17歳の頃からシンクロニシティの起こる方向に「導かれている」と信じて進んで来たので、これが特別な超能力だとは思わないのです。
それこそ、私とオルゴナイトが出会ったのが、Googleで悩みを解決する言葉を検索し続けたことでアナリティクスが広告として提示してきた、くらいの現実感です。

そして、これからは誰もが当たり前に感じられる現象になっていくと思います。
心と現実に起こることの共鳴は誰でも起こせる時代になったと直感しているのです。

しかも、2021年、令和のこの時代に、こういう心理学方面で、しかもスピリチュアルな類のことをすんなり受け入れることが出来る人が増えた印象を持っています。
スピリチュアルな解説だけではなく、脳科学などを背景に説明してくれているサイトもあると思います。

私がシンクロニシティを知ったのは2000年代のはじめ。『オーラの泉』が大流行していた時期でした。
その頃はまだまだ自分の心と向き合うような哲学を、皆さんが実践することは少なく、シンクロニシティは「スピリチュアルな現象」という解釈で一般の人には片付けられたと思います。それに、シンクロニシティを起こせる人は今よりもかなり少なかったはずです。

それはシンクロニシティを起こすには、自分の心に向き合う必要性が必ず出てくるからです。
そして「これはシンクロニシティだ」と受け取る自分自身の自己肯定感も必要です。

今、少しずつ「自分の本当に望むことをしよう」と実践できている人が増えてきたのは、
新型ウィルスにより、自粛期間中に一人で過ごす時間で「自分と向き合う時間」を持つ経験を全世界の人が経験したからでは? と、
スピリズの勝手な直感がそのように感じ取った次第です。


あと、最後に、ここまで読んでくださった方の中に「シンクロニシティ」をご存知なかった方もおられると思います。
その場合、もしかしたら近日中に、

「これがスピリズが言ってたシンクロニシティか!」という体験をすると思います。

その時はスピリズに予言されたと感じて恐くなってしまうかもしれません。

でもね、それは超常現象でもなんでもないんです。
あなたの心が求めたものを、現実でキャッチしただけにすぎません。
意識が少し欲しかった情報に向いただけです。

私とOさんのように、どう考えてもすごい偶然が重なることもあります。

でも、そのように起こった目の前の現象を冷めた目で見るのか、
「自分は導かれている!」と心を躍らせるのか。
それは自由に選んでも良いのです。

でも幽霊が見えたら要注意です。
よく眠り、休むようにしてください。
それは他者と共有できない時点でマボロシです。

シンクロニシティによって、あなたの心が願ったものがきっと手に入ります。
そこで、ただの偶然、こんなのまぐれ、と思うのも自由です。
ただ、そうして否定し続けると、シンクロニシティは起こらなくなります。
あなたにとって必要では無いと、あなた自身の心が決めてしまうからです。
世界はあなたが思い描いた通りの現実になります。

シンクロニシティが、あなたのこれからの人生の方向を指し示しているかもしれません。
どちらを選ぶかはあなた次第です。

シンクロニシティは神様からのギフトとも表現されることがあります。
あなたが望んだものそのままを、偶然に、思いもよらぬ形で世界が運んできたように感じるからです。
そのギフトを受け取るのかつき返すのか、もちろん自由です。
でも、突き返した時、突き返した未来が始まります。
どちらの世界線に歩み出したいのか、自分の心に向き合う必要があります。

逆にあなたを試す試練の場合もあります。
前回もブログでお伝えしましたが、その試練を見て見ぬ振りをしていると、大きな事件や大事故になって選択を迫られることもあるので、まだ小さな規模のうちに向き合うことをお勧めします。

これからシンクロニシティが起こったと感じて、何か選択が迫られた時、
僭越ながらスピリズがお伝えできることがあるとすれば、
「迷ったら、是非『心がワクワクする方』を選んでください。」

そうすれば世界がとても明るくなります。

あなたの見ている世界がワクワクで満ち溢れるようになれば、世界全体もワクワクで満たされていきます。
(この辺の解釈はまた別な日に)

でも、シンクロニシティを信じ切ると大失恋をするかもしれないので、誰かと共有する事実の解釈は慎重に。

そして一番は、

「願うことに注意してください。」

それが叶うかもしれないからです。

人が一番恐れるのは、願ったものが叶うことでもあるのです。

願ったことが叶った時、どうか突き返すことがないように、自信を持って受け取ってみてください。

きっとあなたに必要なことです。

2021年があなたにとって新しい世界が始まることをスピリズは願ってやみません。

それでは、また。



2021年1月1日
Spiritualeason 弓和史於


画像は2021年1月1日の初日の出。



⬇︎トップのお飾りの着色前の鉛筆画。
スピリズ2008年作。


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